応用情報技術者試験 過去問 2015年(平成27年) 秋期 午後 問2

損益見込の分析

家電メーカL社の掃除機事業部は,自社の工場で掃除機を製造し,販売している。製造した掃除機は,工場の倉庫に保管される後,量販店などに出荷される。現在,掃除機事業部は,来年度の予算策定の作業を開始したところであり,上司の販売計画部長から利益改善に向けた計画を作るよう指示を受けたH君は,今年度の損益見込を分析することにした。

【掃除機のタイプと市場分析】

L社の掃除機は,4タイプに分けられる。各タイプの特徴と,市場成長率及びL社の市場占有率に関する市場分析結果は,次のとおりである。

  • 家庭用移動型:横に長い本体を移動させながら使用するタイプの掃除機で,主に家庭用で使用されている。低い家具が多い和室の掃除に適している。市場成長率は低いが,L社の市場占有率は高い。
  • 業務用移動型:縦の円筒形をした本体を移動させながら使用するタイプの掃除機で,集じん容積が大きく,主に業務用で使用されている。市場成長率及びL社の市場占有率ともに低い。
  • スティック型:縦型棒状のスリムで軽量な掃除機で,ワンルームの一人暮らし向けや,家庭用の2台目の掃除機として人気がある。市場成長率及びL社の市場占有率ともに高い。
  • ハンディ型:片手で使用可能な小型の掃除機で,車の中,ソファーの隙,PCのキーボードなどを簡単に掃除できる。市場成長率は高いが,L社の市場占有率は低い。

H君は,これらの市場分析結果から,どのタイプの掃除機に投資すべきかを検討した。製品ライフサイクルの考え方によると,導入期から成長期に属するものは,a及びbであり,プロダクトポートフォリオマネジメントの考え方によると,cで得たキャッシュを,d及びeに投資すべきである。

H君は,掃除機の4タイプの中で売上高が最も多い家庭用移動型掃除機から詳細に分析することにした。L社では用途が異なる二つの原価計算方式を採っており,それぞれで損益分析を行うことにした。

【原価計算方式】

方式Ⅰ:製品の製造に関する費用は全て製品原価に含め,それ以外の費用は発生した時点で費用として認識する方式であり,財務諸表を作成する際に使用している。

方式Ⅱ:製品の製造に関する費用の中で変動費だけを製品原価に含め,固定費については他の費用と同様に発生した時点で費用として認識する方式であり,損益分析や投資判断を行う際に使用している。

方式Ⅰ,方式Ⅱともに,予算策定の際に次年度の標準的な製品原価単価を決定し,1年間でのその原価単価で原価を計算する。この標準原価単価を基に計算した原価と実際に掛かった原価との差額は工場の損益となり,事業部の損益にはならない。

【家庭用移動型掃除機の損益見込とその分析】

L社の家庭用移動型掃除機には,A~Dの4種類のモデルがある。H君は,営業部から上半期の販売実績と下半期の販売見込を入手し,方式Ⅰによって家庭用移動型掃除機の今年度のモデル別の損益見込を計算した。その結果は,表1のとおりである。

表1 家庭用移動型掃除機のモデル別損益見込
モデル名 上半期実績 下半期見込 年間見込
売上高
(百万円)
売上総利益
(百万円)
営業利益
(百万円)
売上高
(百万円)
売上総利益
(百万円)
営業利益
(百万円)
売上高
(百万円)
売上総利益
(百万円)
営業利益
(百万円)
A 25 10 7 25 10 4 50 20 11
B 8 6 1 12 9 2 20 15 3
C 15 9 3 25 15 5 40 24 8
D 15 12 ▲1 15 12 ▲2 30 24 ▲3
合計 63 37 11 77 46 9 140 83 20
注記 販売費:販売費及び一般管理費

下半期に景気が回復してきたので,上半期実績よりも下半期見込の方が売上高合計は多いが,営業利益の合計は逆に下がっている。上半期と下半期の販売単価に変動はない。販売単価を上げることは難しいので,下半期の営業利益率を上げるために販売費及び一般管理費を削減すること,及び下半期の売上総利益率を上げるために売上構成の重点をfモデルに置くことを営業部に提案した。

L社では,現在,利益の確保が重要課題となっており,H君は,損益分析や投資判断を行うために,家庭用移動型掃除機の各モデルについて,方式Ⅱによって今年度の年間見込の変動費と固定費を算出し,これらの見込額を基に,表2のとおり損益分析を行った。

なお,固定費には,人件費や設備に関する費用が含まれている。設備に関する費用には,社員数に比例して一般管理部門から配賦される費用の他に,他モデルと共通の減価償却費やモデル固有の減価償却費も含まれている。

表2 家庭用移動型掃除機のモデル別損益分析
モデル名 数量
(台)
売上高
(百万円)
変動費
(百万円)
限界利益
(百万円)
固定費
(百万円)
営業利益
(百万円)
損益分岐点
売上高
(百万円)
A 125,000 50 20 30 18 12 30
B 50,000 20 10 10 5 5 10
C 80,000 40 20 20 11 9 22
D 100,000 30 18 12 16 ▲4 40
合計 - 140 68 72 50 22 -

H君は,どのモデルを重点的に販売すべきかを確認するために,需要予測を基に製造した製品はどのモデルも全て売れると仮定して,売上高の変動が利益に与える影響を分析した。その結果,次のことが分かった。

  • 安全余裕率が最も高いのは,gモデルである。
  • 売上高の変動による営業利益のブレが最も大きいのは,hモデルである。

【Dモデルの検討】

Dモデルは営業利益がマイナスであるが,L社のブランド戦略において製品ラインアップに必要なモデルなので,販売を中止するわけにはいかない。H君は,DモデルをOEMとして製造委託すれば,変動費は増えても固定費は減るので,Dモデルの営業利益を改善できるのではないかと考えた。そこでDモデルを製造可能な会社を探したところ,1台当たり23,000円(100,000台で23億円)の費用で製造できる同業のM社を見つけた。H君は,DモデルをM社にOEMとして製造委託すべきかどうかを検討するために,現状を調査した。その調査結果は次のとおりである。

  1. DモデルをM社に製造委託したとしても,今後も同じ販売単価で同じ売上高を見込むことができる。
  2. M社は,財務的に健全な会社で,既にL社の掃除機事業部とは,他のタイプの掃除機で取引をしており,L社内での評価が高い。Dモデルを製造することに関して,技術的な能力や生産能力も問題はない。納期や品質についても,L社の要求水準をクリアできる。
  3. Dモデルを製造委託すると,L社で必要となる物流費用などの変動費は,1台当たり1,000円(100,000台で1億円)となる。また,Dモデルを担当しているL社の営業,マーケティングなどの人件費,及び人数に応じて一般管理部門から配賦される設備に関する費用は,合計で1億円となる。これを加味しても,営業利益はプラスになる。
  4. L社の工場でDモデルを製造しなくなると,L社の工場の労力がその分空くが,一方で,L社の工場で社員を増やして増産を計画しているモデルがある。この増産に求められる社員のスキルは,Dモデルの製造に必要なものと同じなので,Dモデルの空いた労力を使ってそのモデルを増産することが可能である。
  5. L社の工場のほとんどの設備は各モデル共通で使用しているが,一部の設備はDモデルだけで使用しており,他モデルには転用できない。
  6. L社は,N社が保有している特許に関わる技術を使用して,Dモデルを製造している。L社とN社の間で,L社がその技術を使用してもよいという契約を交わしている。

これらの報告を受けた販売計画部長は,M社への製造委託については,①Dモデルに掛かってくる配賦以外の費用も加味して営業利益が本当にプラスになるか,経理上の観点から漏れなく確認すること,及び②法的な問題が起きないよう事前に手当てできるか確認することが必要だと指摘した。

出典:平成27年度 秋期 応用情報技術者試験 午後 問2