2012年 春期 応用情報技術者試験 問5
携帯電話サービスを使った無線WAN
S社は建設会社である。ある日,情報システム部のT氏は,新規に建設するビルの工事現場に建てた仮設事務所と本社の間で通信を行うために,図1に示す要件を満たす方法を検討するよう指示を受けた。
1. | 仮設事務所内にLANを構築し,仮設事務所と本社の間にWANを構築する。 |
2. | 仮設事務所内のLANにはPC(以下,現場PCという)を1台設置する。 |
3. | WAN構築の主目的は,次の2種類のファイル転送である。 ① 本社のファイルサーバから現場PCに,建築図面のCADファイルをダウンロードする。 ② 現場PCから本社のファイルサーバへ,写真の画像ファイルをアップロードする。 |
4. | 仮設事務所の駐在者は,現場PCで電子メールの送受信を行う。 |
5. | 仮設事務所の開設期間は6か月間であり,工事の進捗状況に応じて,期間中に仮設事務所をビルの敷地内で移設することを想定している。 |
6. | WANの利用開始は本日から1週間後とする。 |
T氏が早速,有線回線の利用開始可能日を通信業者に問い合わせたところ,要件6.を満たさないことが判明したので,今回は有線のブロードバンドネットワークサービスでなく,携帯電話サービスを利用した無線WANを構築することに決めた。また,別の要件から,アの容易さにおいても携帯電話サービスを利用する方が有利であると判断した。図2にネットワーク構成を示す。現場PCは,無線LAN/無線WAN対応ルータを経由して,本社のルータとVPN接続をする。
無線WANの利用を開始したところ,日常の電子メールの送受信に特に支障はなかった。しかし,主目的であるファイル転送において,ファイルサイズが数十Mバイトと大きい場合に時間が掛かり,業務に支障を来していた。今回採用した3G携帯電話サービスはベストエフォート方式であり,通信速度の理論値は,下りが最大7.2Mビット/秒,上りが最大5.7Mビット/秒である。①実際の通信速度は,電波状況が良好な場合でも,他の利用者の利用状況によって理論値の数分の1になることをあらかじめ想定していた。なお,ゲートウェイと本社のVPNルータの間には十分な帯域を確保できている。
T氏は,ファイル転送に時間が掛かる原因を調査した。ネットワークに遅延が生じていると考え,現場PCから本社のサーバに向け,pingコマンドを用いてサーバまでの往復遅延時間(RTT:Round Trip Time)を測定したところ,800ミリ秒であった。
TCPネットワークでは,最大スループットは,"TCPウィンドウサイズ÷RTT"で求められる。TCPウィンドウサイズを大きくすることができれば,最大スループットを大きくすることができる。現在,現場PCのTCPウィンドウサイズの上限値を64kバイトに設定している。今回の3G携帯電話サービスの利用においてTCPウィンドウサイズを更に大きくすると,大容量データが頻繁に再送されてしまい逆効果になりかねない。そこで,TCPウィンドウサイズの変更は対策の候補から除外することにした。
また一方,②RTTを小さくすることができれば,最大スループットを大きくすることができる。しかし,今回は有線のブロードバンドネットワークサービスなどの他のサービスに切り替えることが難しいので,T氏はすぐにRTTを小さくする方法をとることができなかった。
仮設事務所と本社の間のネットワークにおいて,RTTが800ミリ秒の場合の最大スループットは,ウkビット/秒と計算される。
このままではファイル転送に必要なスループットが不足するので,T氏は"分割ダウンロード"機能をもつFTPクライアントソフトを使うことを試みた。分割ダウンロードは,一つのファイルを分割し,複数のTCPコネクションで同時並行に分割ファイルをダウンロードした後,元の一つのファイルに結合する機能である。分割ダウンロード機能を使わない場合のダウンロードにおける実効スループットが450kビット/秒
であった場合,分割ダウンロード機能を使って60Mバイトの CADファイルのダウンロード時間を4分以内にするには,ファイルをエ個に分割すればよい。
なお,pingコマンドを使ったRTTの測定の前に,現場PCから外部の速度測定サイトへアクセスして調べたところ,電波強度の状況は良好であり,下りで2~3Mビット/秒程度の速度が計測されていた。速度測定サイトでの速度測定には,TCPでなくオを使っているので,RTTの影響を受けずに十分な速度が出ていたものと推測した。