2014年 秋期 応用情報技術者試験 問9

リスクマネジメント

システムインテグレータのA社は,得意先である精密機械メーカのB社から,人事管理システム更新の案件を受注した。B社の人事管理システムは,A社が開発した人事管理ソフトウェアパッケージを導入して2年前に構築したものである。プロジェクトマネージャ(PM)には,導入時の中核メンバであったA社の開発部のC君が任命されている。

今回の案件は,B社が取り組んでいる,グループ会社再編に伴う人事制度の見直しに対応するものである。ユーザ部門であるB社の人事部からは,数名の部員が,要件定義のテーマ別検討会と受入テストに参画する予定になっている。今回の開発期間は6か月で,A社には,同様の案件・開発期間の数件の実績がある。

C君は現在,プロジェクト計画を作成中で,その中のリスク対応計画の策定に着手した。

[リスクの特定]

C君は,今回の案件のリスクを特定する作業を開始した。まず初めに,①これまでのA社における人事管理ソフトウェアパッケージの導入及び更新プロジェクトで発生したリスクの一覧を参照して,リスク情報を収集した。さらに,②これまでにA社が手掛けた会社再編に伴う更新案件を担当したPM数名に個別に会って,当時起こった様々な事象などを聞いてリスク情報を収集した。そのうち,PMのDさんが担当した案件では,異動履歴の全件を対象とする処理について,大量の履歴を自動生成して行ったテストでは問題がなかったが,本番でレスポンスが異常に悪化する事象が発生して苦労したとのことであった。今回の案件でも,確率は低いものの,同様なリスクが考えられることが分かった。C君は,それらの情報を基に,今回の案件に合致すると思われるリスクを洗い出し,リスク登録簿を作成した。

C君が次の手順に進もうとしていたところ,B社から営業部に,納期を0.5か月前倒ししたいが可能かとの打診が入った。営業部から開発部に,納期の0.5か月前倒しを達成した場合は,成果報酬として発注金額が300万円上積みされるとの連絡があった。C君は,その状況をプロジェクトにとってaとなるリスクととらえ,リスク登録簿に追加した。

[リスクの分析]

C君は,リスク登録簿に列挙したそれぞれのリスクについて,発生確率とプロジェクトへの影響度を査定して,高・中・低の3段階の優先度を付けた。また,リスクが発生した状況を想定して,影響度を金額に換算し,影響金額とした。

次に,発生確率,影響金額及び優先度を考慮しながら,それぞれのリスクに対応する戦略(以下,戦略という)を検討し,優先度が高のリスクだけをまとめて,表1のリスク登録簿更新版を作成した。

表1 リスク登録簿更新版
リスクNo.リスクの内容発生確率影響金額優先度戦略
1納期の0.5か月前倒しを実現した場合,売上に成果報酬が上乗せされる。50%+300万円b
2異動履歴の全件を対象とする処理のレスポンスが本番稼働後に悪化する。20%-200万円軽減
3ユーザ部門の意思決定が,関連部署との調整のために時間を要し,検討が予定どおりに進まず,要件定義が遅延する。75%-100万円回避

表1を作成する際に,C君は,No.1のリスクについては,それを確実に実現させたいと考え,bの戦略を選択した。また,今回の案件は,納期の目標達成が必須要件なので,発生確率が高いNo.3のリスクについては,確実に回避したいと考えた。

表1以外のリスクについては,その脅威を全て除去することは困難であり,かつ,発生確率も非常に低いことから,特に対策をしないcの戦略をとることにした。ただし,表1以外のリスクが発生した場合の対応コストを補うために,コンティンジェンシ予備を設けることにした。

続いてC君は,今回の案件を担当するメンバに,表1の各リスクへの対策案を検討するよう指示をした。

[リスクへの対策案]

No.1のリスクへの対策案としては,製造工程の要員数を増やして工程期間を0.5か月短縮する方法(クラッシング)と,設計工程が完了する0.5か月前から製造工程を開始する方法(ファストトラッキング)の2案が候補となった。

設計,製造の工程に関する当初の計画の詳細,及び検討の想定は次のとおりである。

・製造工程の当初の計画期間は3か月で,工数は30人月の見積りである。当初計画したメンバ以外の要員を追加する場合,追加要員の生産性は,当初計画したメンバの2/3になる。

・過去のプロジェクトの実績から,設計工程と製造工程を0.5か月重ねた場合の手戻りコストの平均は,製造工程の全体コストの3%程度と見込まれる。

・要員の配置は0.5か月単位で決められており,配置されていた期間分の工数によって,プロジェクトのコストが算出される。

・製造工程の1人月当たりのコストは100万円である。

これらを条件として,No.1のリスクの影響金額から,その対応コストを引いた金額を算出し,その値の大きい方を採用することにした。算出値は,クラッシングの場合はd万円,ファストトラッキングの場合はe万円であった。

No.2,3のリスクに対して,メンバの考えた対策案は表2のとおりであった。

表2 リスク対策案
リスクNo.対策案対応コスト
2案1:Dさんが担当した案件での事象を詳細に調査し,今回の案件での場合のシミュレーションを実施してリスクの有無を明らかにする。その結果をアプリケーションプログラムの設計に反映させて,発生を予防する。調査及びシミュレーション実施のコスト80万円
案2:システムテストで本番データを用いたテストを実施する。テストした結果,レスポンスの悪化が発生した場合だけ,Dさんが担当した案件での対応を参考にSQLをチューニングする。SQLチューニングのコスト100万円
3テーマ別検討会の中で挙がる,ユーザ部門の意思決定が必要な項目については,それぞれに回答期限と推奨案を決定する。期限までに回答が得られない場合は,この推奨案を意思決定の結果とする。

③No.2のリスクに対して,案1はほぼ確実にリスクの発生を予防でき,案2よりも対応コストは低いが,C君は案2を選択した。

[リスクのコントロール]

C君は,表2のNo.3のリスクに対して,対策案の内容どおりに実施することで,ユーザ部門の合意を得た。

要件定義工程が始まり,テーマ別検討会が開始された。工程の半ば頃,意思決定の結果の一部について,B社の関連部署から不満の声が上がっているとの話を,ユーザ部門の1人から耳にした。C君は,④新たなリスクを懸念した。

出典:平成26年度 秋期 応用情報技術者試験 午後問題 問9