2024年 秋期 応用情報技術者試験 問9
電気機器メーカーの新たなプロジェクトに関する次の記述を読んで,設問に答えよ。
A 社は,大手の電気機器メーカーである。主力製品は,製造現場で用いられる IoT センサーなどの機器である。製造業向けの産業機械市場に機器を提供する事業で成長してきたが,近年,成長の速度が鈍化している。そこで,研究開発していた生体センサーを核にして消費者向けのヘルスケア市場に新たなサービスを提供する新事業に進出することにした。
新事業を推進するヘルスケア事業開発部(以下,事業開発部という)を設立して,新たなサービスの事業可能性を検証するためのプロジェクト(以下,本プロジェクトという)を立ち上げることになった。昨年から始まった A 社の中期事業計画では,製品開発や M&A などを通して,5年後には事業開発部の売上高比率を全社の20%程度まで拡大し,主力事業の一つにする計画である。
[ヘルスケア事業の概要と本プロジェクトの位置付け]
(1) ヘルスケア事業の概要は次のとおりである。
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今後,成長が見込まれる消費者向けのヘルスケア市場に進出し,高齢化に伴う未病対策といった健康増進に関わるサービスを提供することを目的とする。
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消費者向けに機器に加えてサービスを提供するために,小規模ながら UX/UI デザインに定評のある Web 開発会社の T 社を買収し事業開発部に吸収した。
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医療機器製造業で健康増進に関わるサービスへの進出を計画している R 社と事業提携の交渉をしている。R 社の事業部長 S 氏は提携に消極的だが,当面は A 社に協力するよう R 社経営層から指示されている。
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最初のサービスとして,脈拍,血圧,体温などのバイタルデータを活用して運動を促す行動変容サービス(以下,新サービスという)を提供する。
(2) 本プロジェクトの位置付けは次のとおりである。
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生体センサーと連携した消費者向けの Web システムを開発して新サービスを実現し,事業可能性を検証する。
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本プロジェクトは A 社の取締役会で承認され,事業開発部とシステム部の両方を管掌する B 取締役がプロジェクトスポンサーとなり,プロジェクトマネージャにはシステム部の C 課長が任命された。
[本プロジェクトの立ち上げ]
A 社ではこれまで多くのプロジェクトを立ち上げてきたが,いずれも産業機械市場への機器の提供に付随するシステム開発プロジェクトであった。C 課長は,本プロジェクトの立ち上げに際して,次のことを考慮してプロジェクト計画を作成する必要があると考えた。
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本プロジェクトは,①A 社でこれまでに実施してきたプロジェクトとは異なる市場面及び製品・サービス面の特性をもつ。
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これまで一緒に作業をしたことがない先進ユーザー,R 社からの派遣社員及び旧 T 社のメンバーが参加する。
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新市場に新サービスを提供するので,本プロジェクトには新たな視点での目標設定が必要である。そこで,旧 T 社のメンバーにもヒアリングした結果,顧客中心の考え方に基づいて,顧客への体験価値の提供を,本プロジェクトで最優先に達成する目標に設定した。
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事業可能性を高めるためには,先進ユーザーに参加してもらった上で,体験価値を確実に実現できるまで仮説検証プロセスを反復してから新サービスを開始する必要がある。
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R 社の S 氏は,本プロジェクトの成否や成果に強い関心をもっており,新事業が順調に立ち上がれば,提携に積極的な態度に変わるものと期待できる。
[プロジェクト計画の作成]
C 課長は,影響力の大きい社外のステークホルダを特定し,表1のとおり社外のステークホルダ登録簿を作成した。なお,A 社内のステークホルダのプロジェクトに対する姿勢はいずれも"支持する"である。
項番 | ステークホルダ | 役割 | プロジェクトに対する姿勢 |
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1 | 先進ユーザー | 仮説検証プロセスに参加して,事業可能性を検証する。 | 支持する |
2 | R 社の S 氏 | R 社のヘルスケア事業を企画していて,事業提携の交渉相手となる。 | ②抵抗する |
次に,C 課長は,本プロジェクトチームのメンバーが担う役割と本プロジェクトへの貢献についての認識を,表2のとおり整理した。C 課長は,各メンバーが本プロジェクトへの貢献についての認識に基づいて活動できれば,本プロジェクトの目標は達成できると考えた。一方,各メンバーは,本プロジェクトでの活動について,他のメンバーとの協働やこれまでの作業環境との違いなどに不安を感じていることが分かった。
項番 | 役割名 | 役割 | 本プロジェクトへの貢献についての認識 | 担当 |
---|---|---|---|---|
1 | ビジネスアーキテクト(新事業開発者) | 新事業の目的の実現に向けて,新サービスの提供方法を策定した上で,ステークホルダと協力関係を築き,本プロジェクトのスコープの確定と成果の評価を行う。 | ビジネスモデルを設計し,ビジネス視点での提供価値を明確化する。 | 事業開発部の部員及び R 社からの派遣社員 |
2 | UX/UI デザイナー | 新サービスの体験価値実現のプロセスを設計する。 | 新サービスの設計や,機能,情報の配置,外観,利用性(ユーザビリティ)のデザインで体験価値を実現する。 | 事業開発部の部員(旧 T 社出身) |
3 | データサイエンティスト | 新サービスでのデータ活用を主導する。 | データ活用によって新サービスの体験価値を拡大する。 | システム部の部員2名 |
4 | ソフトウェアエンジニア | 新サービスを提供するためのシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を行う。 | 新サービスを提供するためのソフトウェアの機能の実現及び開発・運用環境の整備を行う。 | システム部の部員2名 |
C 課長は,本プロジェクトで,③アジャイル開発アプローチを採用することにした。
[リスクマネジメント計画]
C 課長は,PMBOK ガイド第7版に基づき,表3のとおり本プロジェクトへの影響が大きいリスクを特定し,リスクへの対応戦略とそれに基づく対応策をリスク登録簿に設定した。
項番 | リスク | リスクへの対応戦略 | リスクへの対応策 |
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1 | ビジネス上の意思決定について R 社経営層との調整が難航し,R 社からの派遣社員が活動できず,プロジェクトの進捗が遅れる。 | a | B 取締役,R 社経営層及び S 氏の参集する(ステアリングコミッティー)を作り,意思決定が遅れないようにする。 |
2 | 先進ユーザーが提示する新サービスの体験価値実現に対する要件が収束せず,サービス開始日までに開発を完了しない。 | b | サービス開始日を延期して,要件が収束するまで開発を継続する。これに対応するための予備費を確保しておく。 |
3 | 各メンバーが,他のメンバーとの協働やこれまでの作業環境との違いなどに不安を感じていて,これによって本プロジェクトの目標が達成できない。 | (省略) | ④メンバーの活動を阻害する不安要因を排除して,メンバーが活動しやすい環境を作る。 |
C 課長が,作成したプロジェクト計画を B 取締役に報告したところ,"cが本プロジェクトの最優先の目標なので,特に,表3項番2を注視するように"と指示を受け,承認を得た。