2019年 春期 応用情報技術者試験 問2

ホテルチェーンのビジネスコンセプト

D社は、国内でビジネスホテルチェーンを展開している業界大手企業である。D社が運営するホテルのビジネスコンセプトは、次のとおりである。

  • 都市のターミナル駅の徒歩圏内に、150~200部屋の中規模ホテルを展開する。
  • ターゲット顧客は、低価格志向の出張客及び観光客とする。
  • ホテルの1階に直営レストランを併設する。
  • ITを活用したサービス向上と、低コスト運営を目指す。

ホテル業界全体は、訪日外国人旅行者の増加で業績が伸びているが、D社は競合ホテルの低価格路線戦略の影響を受け、ここ数年の利益は頭打ちとなっている。そこで、D社経営企画部では、利益を増大させることを目的に、事業戦略立案チームを発足させて、これまで自社では手掛けていなかった形態のホテル事業の検討をすることにした。

[D社のファイブフォース分析と課題]

チームリーダに任命された経営企画部X部長は、自社の特徴、課題、及び収益構造を把握するために、ファイブフォース分析を行い、ホテル業界におけるD社が受ける脅威を表1に整理した。

表1 D社が受ける脅威
記号脅威の要素脅威に対する分析結果
業界内のa固定費の割合及び損益分岐点が高い業界なので、退出障壁が高い。顧客獲得競争が消耗戦になることが危惧される。
新規参入の脅威新規開業時には、土地や建物の取得に多額の初期投資を要し、かつ、ホテル運営のノウハウを必要とするので、参入障壁が高い。
代替サービスの脅威主要サービスである宿泊や飲食について、b又は高付加価値の代替サービスが現れた場合、顧客はそちらへ流れる懸念がある。
顧客の交渉力の脅威同等品質のサービスを提供する競合ホテルが低価格戦略を打ち出した場合、顧客が競合ホテルを選択する懸念がある。
供給業者の交渉力の脅威D社は、供給業者に対する仕入価格交渉力が強いので、脅威は小さい。

ホテル業界では、新規開業時に掛かる多額の初期投資を、確実に回収することが課題である。代替サービスの脅威及び顧客の交渉力の脅威に対しては、低価格なだけではなく、付加価値の高いサービスを提供することが課題である。供給業者の交渉力の脅威は、現在の仕入価格交渉力を維持できれば大きな問題はない。

X部長は、これらの課題を踏まえて、初期投資と運営コストを抑えた新しい形態のホテル事業の検討に着手した。

[企業が所有している保養所の実態]

新しい形態のホテル事業を検討している中、X部長は、D社の大口顧客の企業経営者から、多くの企業が自社の保養所運営で問題を抱えていることを耳にした。企業の保養所は、従業員福利厚生制度の一環として設けられてきた。従業員とその家族などが、年間を通じて1泊2食付きで3、4千円台で利用できるので、かつての利用実績は高かった。しかし、近年、①余暇に関する個人の価値観の変化、及び海外旅行が手軽になったことから、利用者数は大きく減少し、企業の重荷になっている。

温泉地で有名なC市では、半径1km以内の近隣エリアに十数社の保養所が点在している。築年数を経た品の良いたたずまいの建物、30年ほど前の好況期に建てられた高級感のある建物など、それぞれに独自の魅力がある。一方で、隣接する昔ながらの商店街では、地元の名産品を提供する飲食店、土産物屋が細々と営業している。

[保養所を活用した観光ホテル事業の提案]

D社にとって、新たな形態のホテル事業として観光ホテル事業に進出する場合は新規の参入となり、②その参入障壁を越えなければならない。また、大口顧客の企業経営者の話から、観光地に保養所を所有する企業(以下、所有企業という)は、長年賢続してきた保養所の運営コストを削減したいと考えていることが分かった。

X部長は、所有企業と提携し、保養所を活用した観光ホテル事業を考えた。また、地元の役所、観光組合、商店街と協業して地域を活性化することで、ホテルの集客力を高めようと考えた。事業戦略立案チームは、X部長の考えを具体的に進めるために、C市に立地している保養所の現在の運営コストを分析して観光ホテル事業の収支を試算し、所有企業に対して次の提案をした。

  • D社は、所有企業から土地と建物を借り、保養所の経営及び運営全般を受託する。
  • D社は、施設修繕費などのランニングコストを全額負担する。
  • D社は、各保養所での売上の一定料率を、賃借料として各所有企業に還元する。
  • 観光ホテルとして、所有企業の従業員などのほかに一般宿泊客も受け付ける。
  • 所有企業の従業員は、現行の保養所の料金のまま一般宿泊客よりも優先的に予約できる。さらに、他社の魅力的な保養所も他社の保養所の料金で利用でき、楽しみが増える。

この提案を実行することによって、D社は、これまで培ってきたホテルの運営ノウハウを生かして利益を増大させ、観光ホテルのチェーン化の足掛かりにすることができる。また、所有企業は、売上の還元などによって保養所の運営コストを削減できる。さらに、従業員福利厚生制度を維持したまま、自社の保養所の運営業務からも解放される。

D社の提案は、最終的にC市に保養所を所有する企業8社に受け入れられた。その後、D社は、地域の活性化に向けて、地元の役所、観光組合、商店街との話合いを開始した。

[観光ホテル事業のビジネスコンセプト]

X部長は、観光ホテル事業のビジネスコンセプトを、次のとおり整理した。

  • 近隣エリアの複数の保養所を一つのホテル組織として一体化し、運営する。
  • 一般宿泊客は、1泊2食付きで9,000円の年間均一料金とする。
  • D社の既存のビジネスホテルチェーンで使用している宿泊予約システムを一部機能追加しての導入、各部屋へのタブレット端末設置など、ITを活用した使い勝手の良いサービスを提供する。

D社の提案とこれらのビジネスコンセプトによって、③所有企業の従業員に対しては、値段、サービスなどの機能的価値とは異なる、新たな感情的価値を提供できる。

一般宿泊客に対しては、低価格で付加価値の高いサービスを提供できる。また、供給業者に備品などをまとめて発注することで、仕入価格交渉をこれまで以上に有利に進めることが期待できる。

飲食は観光地のアピールポイントの一つであるが、D社が受ける脅威の一つである代替サービスとはあえて争わない。ホテル内で調理して提供するのは朝食だけにして、宿泊客に商店街の飲食店の食事券と土産物屋の割引券を渡し、夕食時には地元の商店街へ足を運んでもらう。④これには、D社の飲食関連コストの上昇を抑制すること以外の狙いもある。

X部長は、保養所資産の有効活用と徹底的なコスト削減、及び高い客室稼働率・リピート率の確保によって、2年間で観光ホテル事業を黒字にすることを目標にした。

[複数の保養所を一体化した運営の課題と施策の検討]

複数の保養所を一体化して運営する上での課題は、顧客に対するサービスの品質を低下させないことと、人件費全体の縮小である。支配人、部門長などの管理職は自社の既存ホテルから配置できるが、宿泊客の増加が予想されるのでスタッフ職従業員(以下、スタッフという)が不足する。そこで急務となる新たなスタッフの確保と教育に対して、X部長は次の施策を考えた。

  • スタッフの募集を地元の役所に支援してもらう。
  • スタッフ業務の経験がなくても短期間で就労できるように、業務を標準化するとともに、スタッフ向け研修を整備する。
  • スタッフ業務遂行基準を作成する。各自が管理職と話し合って設定した目標値を達成したスタッフに対する厚遇制度を設けて、スタッフのモチベーションを上げる。

支配人と部門長は近隣エリアの複数の保養所を管理し、当初、スタッフは各保養所に固定で配置する計画であった。その後の検討によって、スタッフの稼働予定及び実績を管理するスタッフ稼働管理システムを導入し、保養所ごと、時間帯ごとにスタッフの繁閑具合を可視化することにした。⑤このシステムの導入によって、顧客の予約状況からスタッフを配置するよう計画を見直すことができる

出典:平成31年度 春期 応用情報技術者試験 午後 問2